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子どもをコントロールせずに自立心を育てる

親業・ゴードン博士 自立心を育てるしつけ」を読んだ。
その中に「第6章:コントロールせずに、子どもの行動を変えていくには」という章がある。

親としては、子どもに無理強いさせることなく自律的に自分にとって良い選択をしていく力を養ってもらいたい。
そのヒントになりそうなことがたくさん書かれていた。

環境を修正する

親が変えるのは環境に限る。子どもを変えるのではない。

子どもを変えようとする代わりに子どもの環境を変えてみる。
ゲームやおもちゃなど子どもが欲しがるものを与えると、当然子どもはご機嫌になる。

これは「環境を豊かにする」とも言える行為だ。

一方で、夜に寝る時間となっても子どもが興奮して眠れなくなっている場合などは、逆に刺激になるものを減らし、部屋を暗くしたり、本を読み聞かせたりする。

これは「環境を貧しくする」一例である。

わたしメッセージ

子どもに対して注意をするとき、子どもを主語とする言葉ではなく、わたしを主語とした言葉を使うと良い。
これを本書では「あなたメッセージ」に対して「わたしメッセージ」と呼んでいる。

「テレビの音がうるさいから、もっと音量を下げなさい!」
 ↓
「テレビの音がうるさくて、電話の声が聞こえないわ」

「早く準備しないと学校に遅れるわよ!」
 ↓
「あなたが学校に行くのを見届けていたら、わたしは会社に遅れてしまうわ」

わたしメッセージでは、責任はおとな側にある。(なぜなら、問題を所有しているのはおとなだからだ。)
子どもは、自分の行動によって誰かが問題を抱えていると聞くと、より積極的に手助けし、自分の行動を修正しようとするのだ。

あなたメッセージではそうはいかない。
子どもの自尊心を傷つけ、防衛・抵抗の側に転じさせてしまう。
あなたメッセージは、自分の気持ちにある責任を他人へ転嫁できるため、用いられやすい。

わたしメッセージはまた、子どもに、親や教師も人間だと知らせる。おとなにも感情、欲求、限界があるということだ。
さらに、おとなが子どもに助けを求めるアピールとして有効である。
その結果、子どもはおとなに頼られていると感じ、むしろ嬉しい気持ちになる。

わたしメッセージには、否定的判断が少ないので、子どもは自分から思慮深く、有用な人間になる。

良いわたしメッセージには解決案が含まれていない。「おまえはこれをすべきだ」といった直接的な指示はしない。おとなの問題解決を手助けするために、子どもが自ら解決案を見つけるのだ。子どもの解決案は、驚くほど創造的で、とてもおとなでは考え付かぬものも多い。

予防のわたしメッセージ

おとなの欲求が満たされなかったり、目的を実現できなかったことはよくあろう。
その原因をたどってみると、大人が「頼まなかった」ことが多い。
あるいは、攻撃的に聞こえる要求なので、子どもが逃げたり抵抗したりすることも、少なくない。

おとなが自分の欲求をはっきりと示し、自分の欲求を実現するために、事前に子どもからの援助や協力を求めるとき、それは予防のわたしメッセージとなる。

予防のわたしメッセージは次のようなものだ。

「放課後すぐに帰宅しないつもりの時は、早めに教えてね。そうすれば、あなたが帰ってこなくても心配しないで済むから」

予防のわたしメッセージは次のような利点がある。

  • おとなは注意深くなり、責任を持ち、自分の欲求と感情のコントロールを保つ。
  • 子どもは、おとなの欲求が何なのか、またその欲求に対するおとなの感情がどれほど強いかを学ぶ。
  • おとなは偏見をもたず、直裁的で正直であることのモデルになる。これによって子どもも同じように行動するようになる。
  • 人間関係が健全になる。人間関係は、偏見のなさや正直さ、お互いの欲求の満足の上に成り立つ。

抵抗をやわらげる切り替え法

いくらわたしメッセージを駆使しても、子どもが反発する場合もある。
この場合、子どもにはわたしメッセージが次のように聞こえているかもしれない。

「私の欲求は〇〇なのだ。おまえが何を欲しているかは、私にとって重要ではない」

こんなときは、送る姿勢から聞く姿勢へとすばやく必要がある。

「私は自分の欲求を一旦延期する。代わりにあなたが今何を感じているのかを教えて。」

切り替え法によって、あなたが他人を犠牲にして欲求を満たそうとはしていないということを子どもに知らせるのだ。
自分の気持ちを認められたことが、子どもの行動変化につながることもある。

また、子どもが反発する際は多くの場合、おとなだけではなく子ども側も問題を所有している。
そのため、お互いが受け入れられる解決策に合意することが重要となる。

怒ったときは第一次感情を見つける

「私は怒っている」

これはわたし主語であるメッセージではあるが、抽象的であるため、子どもを身構えさせてしまう。

また、怒りは第二次感情であり、怒りを引き起こす原因となった事象と第一次感情が別に存在している。

例えば、ある母親がデパートで子どもとはぐれてしまったとする。
このときの母親の最初の感情は恐れである。子どもの身に何か良くないことが起きたのではないか、と彼女は恐れる。
ようやく子どもを見つけ、彼女は大いに安心する。心の中では、神様に感謝している。
しかし口では「どこ行っていたの!何かあったら危ないじゃない!」と怒りのメッセージを送ってしまうのだ。

この状況では、母親は怒りを演じることによって、子どもに教訓を与えようとする。あるいは罰しようとする。

怒りのメッセージを送るのをやめるためには、第一次感情に集中することが大切だ。

賞と罰

また、第3章・第4章では賞罰について論じている。

賞をうまく使うには、コントロールする側(おとな)に、高度な技術的能力が要求される。

賞の特性

  • 賞をもらえるのが、あまりにも先のことだと思えると、その賞の力は弱くなる
  • 子どもの目から見て、賞は手の届く範囲にある、と思えなければならない
  • 望ましい行動に対して賞が与えられないと、その行動が強化されてしっかり身につくのに、よけいな時間がかかってしまう
  • 賞を得ることはクセになりやすく、子どもの自発的なやる気をくずしていく
  • 賞を与えられないと、罰を与えられたと感じる可能性がある
  • 賞をたくさん与えられるほど、その効果は低くなる

罰についても賞と同様に、効果を上げるにはかなりの専門知識が要求される。

罰の条件

  • 一度罰の対象になった行動は、毎回必ず罰せられなければならない
  • 罰は困った行動が行われた直後に与えられなければならない
  • ほかの子どものいるところでは罰を与えてはいけない。ほかの子どもの前では、罰せられた子どもは体裁が悪いと思い、コントロールする人に対し攻撃的になり得る。
  • 罰に値する行動が、決して本人に賞にはならないように、罰する側は気をつけなければならない
  • 子どもへの罰は、厳しすぎてはいけない。また、頻繁にやりすぎてもいけない。さもないと、退行してしまう。(努力をやめる。その場から逃げ出す。登校拒否。家出。チームをやめる。アルコールや麻薬に逃げる。)

これらの条件をクリアすることは不可能に近い。

おとなが外的に加えたコントロールが、子どもに内的に生じる自律を教えるのに最適とは言い難い。懲罰的なおとなによるしつけでは、自己規律のある子どもは育たない。

まとめ

元はと言うと、子どもが小学校高学年になり、反発されることも増えてきたのがきっかけで、この本を手に取ってみた。

書かれている通り、我々大人は賞罰を使ってしまいがちである。

「良い子にしていないとサンタさん来ないよ」など、大半の親が子どもに向かって言ったことがあるのではなかろうか。
短期的には物事が解決することも多いだろうが、根本的な解決のために話し合いをして落とし所を見つける方がはるかに健全だろう。

また、読んでいて思ったのは、子どもを子ども扱いせず対等に接することが何より大事だということだ。
子は親に喜んでもらいたいし、親に認めてもらいたいものなのだ。

加えて、本書の内容は親子だけなく、会社における上司と部下の関係にも丸ごと当てはまると感じた。

会社でもモチベーションを高めるために社長賞やMVPなどを設けているところも多い。
これらがうまく機能しているところはどれくらいあるのか気になるところだ。

柴田 和祈 X GitHub
株式会社microCMS 共同創業者・代表取締役 / デザイナー兼フロントエンドエンジニア / 2児の父 / ロシアンブルー🐈‍⬛ /『Next.js+ヘッドレスCMSではじめる! かんたんモダンWebサイト制作入門 高速で、安全で、運用しやすいサイトのつくりかた』発売中!

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